新緑の京都山科 勧修寺(氷室池と新緑と初夏の花々)
|Posted:2018/06/18 05:24|Category : 山科|
勧修寺は、真言宗山階派大本山、醍醐天皇の勅願寺で900年(昌泰3)天皇の生母藤原胤子追善のため創建されていて開基は承俊律師です。(少し歴史を調べてみると、醍醐天皇は、菅原道真を大宰府へ左遷させた本人で、その後、大宰府で道真が死去すると、都では異変が立て続けに起こり、 「道真の祟りが...」ということで、左遷を取り消しています)
庭園には、氷室(ひむろ)の池があり、花しょうぶ、かきつばた(たぶん)など色鮮やかな花が咲いていました。平安時代には1月2日にここに張った氷を宮中に献上してその厚さによって五穀豊穣を占ったと言われている、そうです。
池の脇には遊歩道があるのですが、進んでいくと途中に「この先に行かれるのはご自由ですが、大いに危険です」という看板があって、少し逡巡しましたが、先に行ってみました。池越しに見える新緑の風景はなかなか鮮やかでした。桜、新緑、と続くと、今年は秋の紅葉の時にも来たいと思っています。
山科は、京都市街よりもその歴史が古く、奈良時代の天智天皇の時代から開かれていました。この日、勧修寺から隋心院にも行ってみました。









庭園には、氷室(ひむろ)の池があり、花しょうぶ、かきつばた(たぶん)など色鮮やかな花が咲いていました。平安時代には1月2日にここに張った氷を宮中に献上してその厚さによって五穀豊穣を占ったと言われている、そうです。
池の脇には遊歩道があるのですが、進んでいくと途中に「この先に行かれるのはご自由ですが、大いに危険です」という看板があって、少し逡巡しましたが、先に行ってみました。池越しに見える新緑の風景はなかなか鮮やかでした。桜、新緑、と続くと、今年は秋の紅葉の時にも来たいと思っています。
山科は、京都市街よりもその歴史が古く、奈良時代の天智天皇の時代から開かれていました。この日、勧修寺から隋心院にも行ってみました。











