FC2ブログ

京都の桜 渉成園(枳殻邸)

渉成園(しょうせいえん)枳殻邸(きこくてい)は、東本願寺の飛地境内地の庭園です。東本願寺から烏丸通を東方向に約150mの場所に位置する、ほぼ200m四方の正方形の池泉回遊式の庭園です。JR京都駅前からおよそ800mなので、徒歩で10分ほどの場所です。

1641年、徳川家光によって現在の土地が寄進され、さらに、1653年、本願寺第13代宣如上人の願いによって石川丈山が作庭し、
造園当時、周囲に「枳殻(からたち)」を生垣として植えたことから、「枳殻邸」という別称を持っています。石川丈山作庭の庭を調べてみると、ここ渉成園の他、詩仙堂、田辺の酬恩庵(一休寺)などがありました。

京都駅の雑踏に比べると、静かな雰囲気の庭です、京都タワーも庭から見ることができます。この日、京都市内の桜はまだほとんど咲いていませんでしたが、この渉成園の桜は見頃でした。

20190402渉成園・桜

20190402渉成園・桜

20190402渉成園・桜

20190402渉成園・桜

20190402渉成園・桜

20190402渉成園・桜

20190402渉成園・桜

20190402渉成園・桜

20190402渉成園・桜

20190402渉成園・桜
スポンサーサイト



テーマ : 京都・奈良
ジャンル : 旅行

京都の桜 右京区(京北町)常照皇寺

京都市内から少し遠い、右京区京北井戸町にある「常照皇寺」の桜見学に4月4日に行きました。

京都府のHPには、「常照皇寺は、光厳(こうごん)法皇によって貞治(じょうじ)元年(1362年)に開かれ、歴代天皇の帰依を得た皇室ゆかりの寺であり、臨済宗天竜寺派に属する禅宗寺院です。府の史跡に指定されている境内には、国の天然記念物である「九重桜」をはじめ、御所から株分けしたといわれる「左近の桜」、一重と八重が一枝に咲く「御車返しの桜」など桜の名木があり、観桜期には大変な賑わいをみせます。」と書かれています。

京都の桜情報には必ず掲載されるお寺ですが、市内から車で小一時間かかることから、前回行ったのは30年ほど前です、少し記憶が薄れていましたが、参道から山道を登って境内に入ったあたりから少し思い出してきました。

光厳天皇は北朝初代の天皇で、南北朝時代にこの場所に隠棲した、と伝えられています。京都御所までの距離を、GoogleMapで調べてみると31Kmありました、徒歩で約7時間です、途中山も越えないといけないので、よくこの地に、と思います。

桜は、例年だと早咲きが3月中旬から咲き始めて、見ごろは4月中旬だそうです。今年は遅咲きの桜の開花が早かったので、この日に行ってみました。満開でした。

20180404常照皇寺

20180404常照皇寺

20180404常照皇寺

20180404常照皇寺

20180404常照皇寺

20180404常照皇寺

20180404常照皇寺

20180404常照皇寺

20180404常照皇寺

20180404常照皇寺

テーマ : 京都・奈良
ジャンル : 旅行

京都岩倉 圓通寺(えんつうじ)境内

圓通寺(えんつうじ)は、京都市内から北の方向の左京区岩倉幡枝(はたえだ)町にあります。アクセス案内に「叡山電車京都精華大下車 徒歩約25分/京都バス自動車教習所前下車 徒歩約10分/地下鉄北山駅下車 徒歩約30分(タクシーで5分)」と書かれています。市内のかなり北に位置すると思っている「京都国際会館」のさらに北西方向です。

江戸時代初期、後水尾天皇が造営された幡枝離宮の跡で、幡枝小御所、幡枝茶園とも呼ばれていました。庭園は比叡山を借景にした枯山水平庭で、国の名勝に指定されているそうです。以前は写真の撮影がだめと聞いていましたが、最近は庭だけは大丈夫とのことで、行ってみました。

比叡山の姿がきれいに見える庭は紅葉の時にも行ってみたくなりました。

20170831圓通寺

20170831圓通寺

20170831圓通寺

20170831圓通寺

20170831圓通寺

20170831圓通寺

20170831圓通寺

20170831圓通寺

20170831圓通寺

20170831圓通寺

テーマ : 京都・奈良
ジャンル : 旅行

新緑の京都 祟道神社(蓮華寺近く)

蓮華寺から少し進んだところに祟道神社があります。この日、最初蓮華寺を行き過ぎてしまい、祟道神社の入口のところから2~3分ほど戻りました。蓮華寺拝観のあと、祟道神社に行きました。帰ってから調べてみたら、京都のパワースポットとして知られている場所でした。貞観年間(859年~877年) に創建された御霊神社です。

少し調べたことを書いてみます。

桓武天皇の時代「長岡京(784年~)、平安京(794年~)」に、近親の者の相次ぐ死や天変地異、悪疫蔓延がおこり、その原因が自分が失脚、自殺に追い込んだ実の弟の早良親王(さわら)の祟りのためと考え、そのたたりを鎮める手段として、様々なことを行いました。
「延暦19年(800年)崇道天皇の追号を贈り大和国(今の奈良県)に移葬し、天皇陵、八嶋神社、崇道天皇社、御霊神社などに祭神として祀りました。」その桓武天皇の死(806年)後も、早良親王(さわら)の霊は平安京に生きる人々に恐怖を持って、語り継がれ、864年(貞観6年)から866年 (貞観8年)にかけて発生した、富士山の大規模な噴火や、陸奥国東方沖の貞観の大地震(貞観11年(869年))の時代に、平安京にも祟りを鎮めるために「祟道神社」が創建されています。この時代に現在の「祇園祭」の起源と言われている「御霊会」などの儀式も始められています。

当時、怨霊の祟りで天変地異が起こったと恐れられていたことがわかります、歴史を調べると、この時代に興味がわいてきます。

20150630祟道神社

20150630祟道神社

20150630祟道神社

20150630祟道神社

20150630祟道神社

20150630祟道神社

20150630祟道神社

20150630祟道神社

テーマ : 京都・奈良
ジャンル : 旅行

初秋の京都 ゆずの里水尾、保津峡風景

2014年9月14日、日本の里百選に選ばれている京都越畑の初秋風景を撮影に行きました。
嵐山渡月橋から歩いて小一時間程度で着く奥嵯峨の鳥居本の朱色の愛宕神社一の鳥居(「平野屋さん」の横にあります)がちょうど清滝方面と保津峡方面への分かれ道です。越畑は保津峡方面へ向かいます。昼なお暗い林道を進みます。
トロッコ保津峡駅を経て、JR保津峡駅に向かう橋の分かれ道から水尾方面へ進むと水尾経由やがて越畑に着きます。今回はその帰りがけに撮影した水尾、保津峡風景を紹介します。
今年の6月に来たときには、トロッコ保津峡駅から対岸への吊り橋が閉鎖されていましたが、もう復旧していました。

20140914水尾・保津峡

20140914水尾・保津峡

20140914水尾・保津峡

20140914水尾・保津峡

20140914水尾・保津峡


テーマ : 京都・奈良
ジャンル : 旅行

カレンダー
09 | 2019/10 | 11
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
スポンサードリンク









人気ブログランキング
FC2 Blog ブログランキング
リンク
フリーエリア

カテゴリ
最新記事
最新コメント
プロフィール
少し自分の時間ができて、永年の念願だった京都の四季の撮影を始めました。(旅行、観光の参考になれば幸いです) I began the photography of the four seasons of Kyoto that was the heart's desire more before.

kotodayori

Author:kotodayori
FC2ブログへようこそ!

RSSリンクの表示
QRコード
QR
月別アーカイブ
最新トラックバック