
京都の紅葉 妙心寺・桂春院(境内)
|Posted:2019/01/23 05:51|Category : 妙心寺|
桂春院は、慶長3年(1598年)に織田信忠(織田信長の長男)の2男・織田秀則(津田秀則)が水庵宗掬(すいあんそうきく)を開祖として見性院(けんしょういん)として創建され、その後慶長年間(1596-1615)美濃の豪族石河壱岐守貞政が父の菩提を弔うため、桂南和尚を請じて創建された。名前の由来は、父の法名「天仙守桂大禅定門」・母の法名「裳陰妙春大姉」から1文字ずつをとり桂春院と改めた。と書かれています。
庭園(名勝・史跡)は江戸時代の作庭で、書院、方丈に囲まれた壺庭の清浄(しょうじょう)の庭、茶室 既白庵に通じる侘(わび)の庭、方丈の東側に広がる思惟(しい)の庭、方丈南側の真如(しんにょ)の庭の4庭があり、それぞれ趣が異なっていて、庭を見ながらのんびりとくつろげます。方丈から下駄を履いて、境内に降りることもできて、建物を外から見ながら散策をすることができます。
方丈に敷かれた毛氈の朱色も鮮やかでした。










庭園(名勝・史跡)は江戸時代の作庭で、書院、方丈に囲まれた壺庭の清浄(しょうじょう)の庭、茶室 既白庵に通じる侘(わび)の庭、方丈の東側に広がる思惟(しい)の庭、方丈南側の真如(しんにょ)の庭の4庭があり、それぞれ趣が異なっていて、庭を見ながらのんびりとくつろげます。方丈から下駄を履いて、境内に降りることもできて、建物を外から見ながら散策をすることができます。
方丈に敷かれた毛氈の朱色も鮮やかでした。










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