京都四条烏丸近く 仏光寺の桜

仏光寺は、四条烏丸から南東へ徒歩5分ほどのところにある真宗佛光寺派の本山です。大丸などがある四条通の繁華街から徒歩圏内にありますが、境内は静かな感じを受けます。2014年秋から境内に「D&DEPARTMENT KYOTO by 京都造形芸術大学」がオープンしています。阿弥陀堂門を入ってすぐ左手の和合所にショップが、右手の茶所内にカフェがあります。

3月29日に、寺町通り近くに用事があって、仏光寺からスタートして、八坂神社、円山公園、高台寺をぐるっと歩いて、桜見物をしました。結構な距離でしたが、四条通り、祇園や東山の街並みを歩いていると、飽きることはありません。

仏光寺の枝垂れ桜は例年だと他の桜に比べて、少し遅め(四月初旬から中旬頃)に咲くのですが、今年はもう満開でした。今年の桜は開花が早くて、市内各所で一気に咲いて、見ごろはこの日から1週間程度という大変短い期間でした。

20180329仏光寺

20180329仏光寺

20180329仏光寺

20180329仏光寺

20180329仏光寺

20180329仏光寺

20180329仏光寺

20180329仏光寺

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テーマ : 京都・奈良
ジャンル : 旅行

早春の元離宮二条城 梅林

3月13日二条城の梅の花が満開と新聞に出ていたので、出かけてみました。桜の時期には何回か行ったことがありますが、梅の時期は初めてでした。想像以上に梅林が整備されていて、快晴の日射しの中でなかなか見ごたえがありました。

二条城の周囲東西約600m、南北約400mにお堀があります。城内の庭園には、二の丸庭園、本丸庭園、清流園があり、池泉回遊式の二の丸庭園は江戸前期、芝生と植樹を中心とした回遊式の本丸庭園は明治27年(1894年)、和洋折衷庭園の清流園は昭和40年(1965年)に造られています。

梅林は、城内南西部にあり、およそ130本ほどの梅の木が植えられています。内堀で囲まれた本丸(本丸庭園)の天守閣の内堀の外側の南に位置していて、天守閣跡から見下ろすことができる場所にあります。この梅林は昭和29年(1954年),かし林を伐採開墾して植樹したそうです。品種は紅梅,白梅,桃色梅,1本の木に紅白の花を咲き分ける源平咲き分け,シダレウメなどがあります。源平咲き分けは、他の梅林でも見かけますが、咲き分けをしっかりと目の前で確認できるのは珍しいです。

場内の散策路から少し外れたコースにあるので、人混みもなく、快晴の青空の下で、ゆっくりと色とりどりの梅の花を見ることができました。

20180313二条城・梅

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20180313二条城・梅

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テーマ : 京都・奈良
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早春の元離宮二条城

3月13日二条城の梅の花が満開と新聞に出ていたので、出かけてみました。桜の時期には何回か行ったことがありますが、梅の時期は初めてでした。(もう4月ですが、しばらくまだ梅の記事を続けます)

二条城は、京都市中京区二条通堀川西入、に位置しています。慶長8年(1603年),徳川将軍家康が,京都御所の守護と将軍上洛のときの宿泊所として造営し,3代将軍家光により,伏見城の遺構を移すなどして,寛永3年(1626年)に完成したものです。

様々な歴史の舞台になっています、慶長16年(1611):二条城の御殿(現在の二の丸御殿)において家康と豊臣秀頼の会見(二条城会見)が行われ、家康は秀頼の成長ぶりに驚き徳川氏の天下が覆されるかもしれないとの危機感を抱き、豊臣氏を滅ぼすことを決意したともいわれている。慶応3年(1867)、二条城二の丸御殿の大広間で、15代将軍・慶喜が政権を朝廷に返上するという「大政奉還」の意を表明し、武家政権の幕が下ろされました。


明治になってからは、徳川家から新政府側に管理が移り、その後、明治4年(1871) 二の丸御殿内に府庁を置く 、明治17年(1884 )二条離宮となる、昭和14年(1939)宮内省が二条離宮を京都市に下賜、昭和15年(1940)恩賜元離宮二条城として一般公開をはじめました。

うん十年前の修学旅行の時に、最後の集合場所になったことを覚えている場所です。ここに来ると、毎回、その時のことを懐かしく思い出します。

20180313二条城・梅

20180313二条城・梅

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20180313二条城・梅

20180313二条城・梅

20180313二条城・梅

20180313二条城・梅

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20180313二条城・梅

20180313二条城・梅

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2018京の冬の旅 相国寺 塔頭・豊光寺

相国寺 塔頭・豊光寺(ほうこうじ) は、 慶長3年(1598)、西笑承兌(せいしょうじょうたい)和尚が、豊臣秀吉の追善のために創建した相国寺の塔頭寺院で、明治15年に相国寺派初代管長の荻野獨園(おぎのどくおん)和尚が再興した、そうです。

京の冬の旅初公開で、解説書には「~明治期の傑僧ゆかりの寺 閑寂の庭園~...室町幕府第10代将軍・足利義稙(よしたね)や西笑和尚、獨園和尚の肖像画や書などの寺宝の他、幕末の剣や書の達人として知られ、獨園和尚に参禅した、山岡鉄舟の書なども公開される。」と書かれています。

相国寺塔頭の林光院も公開されていて、その庭の「鶯宿梅(おうしゅくばい)」も目当てで出かけたのですが、院内撮影禁止と書かれていたために、この豊光寺だけにしました。

入り口の山門を入ったところの庭に紅梅、白梅がきれいに咲いていました。今年の梅の開花は遅れていて、この時期から各地の梅だよりが聞かれるようになりました。


20180304相国寺・豊光寺

20180304相国寺・豊光寺

20180304相国寺・豊光寺

20180304相国寺・豊光寺

20180304相国寺・豊光寺

20180304相国寺・豊光寺

20180304相国寺・豊光寺

20180304相国寺・豊光寺

20180304相国寺・豊光寺

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2018京の冬の旅 相国寺 法堂・方丈

相国寺は、室町幕府三代将軍・足利義満が創建した臨済宗相国寺派大本山、法堂(はっとう)は、「鳴き龍」で知られる日本最古の法堂です。

もう、うん十年前の修学旅行の時に京都のお寺で、手をたたいて音を聴いた記憶がかすかに残っています。その時のお寺が、どこだったのか全く覚えていませんが、「京都 鳴き龍」で検索してみたら、ここ相国寺法堂の他、大徳寺本坊、泉涌寺舎利殿などがあることがわかりました。ただ泉涌寺は12年に一度の公開だそうで、おそらく相国寺か大徳寺のどちらかだったのだと思います。懐かしい思い出です。

「京の冬の旅」の解説に、「白砂の平庭と深山幽谷を表した枯山水庭園の対照的な2つの庭園も見どころである。」と書かれています、確かに前庭と後庭の感じが全く異なっていました。


20180304相国寺法堂・方丈

20180304相国寺法堂・方丈

20180304相国寺法堂・方丈

20180304相国寺法堂・方丈

20180304相国寺法堂・方丈

20180304相国寺法堂・方丈

20180304相国寺法堂・方丈

20180304相国寺法堂・方丈

20180304相国寺法堂・方丈

20180304相国寺法堂・方丈

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少し自分の時間ができて、永年の念願だった京都の四季の撮影を始めました。(旅行、観光の参考になれば幸いです) I began the photography of the four seasons of Kyoto that was the heart's desire more before.

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