第51回京の冬の旅 島原角屋

「京の冬の旅」非公開文化財の特別公開で、島原角屋に行きました。

「京の冬の旅」のHPには、「江戸幕府公認の花街として栄えた島原に残る角屋(重文)は、江戸時代の饗宴・もてなしの文化の場である揚屋(あげや)建築の唯一の遺構。幕末には新選組が通い、西郷隆盛、久坂玄瑞なども利用したという。」と、書かれています。今年のテーマの「大政奉還150年記念」には、西郷隆盛、新選組などの幕末の志士が利用していたことからの所縁のようです。

詳しくは知らなかったのですが、島原は「花街(かがい)」で、江戸の吉原は「遊郭」という大きな違いがあるそうです。(島原角屋公式サイトには、「花街」は歌や舞を伴う遊宴の町であり、一方、「遊廓」は歌や舞いもなく、宴会もしない、歓楽のみの町であります。と書かれています)

この日の説明員の方から、文久3年(1863年)9月に、新選組がここ島原の角屋で宴会を開き、その夜に戻った壬生の八木邸で新選組の初代局長芹沢鴨が暗殺されたと、いう話がありました。調べてみると、新選組の内部犯行説が有力なようです。

また、角屋の外の道の角に、久坂玄瑞(くさかげんずい)密議の場所、という石標が立っていました。様々な幕末を眺めていた建物ですね。

20170110島原角屋

20170110島原角屋

20170110島原角屋

20170110島原角屋

20170110島原角屋

20170110島原角屋

20170110島原角屋

20170110島原角屋

20170110島原角屋

20170110島原角屋

テーマ : 京都・奈良
ジャンル : 旅行

Comment

No title

>幕末には新選組が通い、西郷隆盛、久坂玄瑞なども利用したという

所謂、謀議にも使われていたのですね。
桂小五郎が、危うく近藤勇に、捕まりかけて、
運よく通りがかった、芸子に助けられた・・
ような場所なんですね。

庭が奇麗です。その歴史的場所を、一度ぜひ。

いつも訪問ありがとうございます。
応援して帰ります。
ヽ(≧▽≦)/ポチ☆彡全部

Re: No title

雫 様

いつもご訪問、コメント、拍手ありがとうございます。

そうですね、新選組の詰所のあった壬生にもそう遠くないので、幕末のころにはここが使われていたのですね。
そんな歴史を感じながら座敷に座って庭を見ていると、そのころに居合わせたような気がしてきます。庭の松の木が立派でした。ぜひ一度お越し下さい。

こちらこそ、いつもご訪問ありがとうございます。

また、よろしくお願いいたします。

まあ、お見事♪

こんにちは。いつもお世話になっております。

まぁー、どこの由緒あるお寺かと思えば、角屋ですか!
見事なお庭と内部の造りと絵ですね。
孔雀さんがとってもきれい。
ほんとに、もてなしの文化の場だなぁと感じます。

こんな場所に新撰組が通うことができたのですね。
うーん、その頃は敷居が低かったのかなぁ?

珍しいものをありがとうございました。
また教えてくださいまし。よろしくお願い申し上げます。

Re: まあ、お見事♪

つねまる 様

いつもご訪問、コメントありがとうございます。

そうですね、私も初めて入って驚きました。
見事な庭と内部の造りと絵だけでもたくさんのポイントがありますが、その上に幕末の歴史を見ていたと思うと、離れがたい感じでした。

新撰組は、当時羽振りがよかったのではないかと、推測しています。京都の冬の旅企画で、勉強になりました、こちらこそいつも教えていただきありがとうございます。

また、よろしくお願いいたします。
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