真夏の斑鳩散策(法隆寺西院伽藍)

奈良燈花会の翌日、8月15日の真夏に、斑鳩散策をしました。高校の修学旅行で来て以来なので、うん十年ぶりです。

東院伽藍から東大門を通り抜けて、西院伽藍に入りました。入ってすぐ右手に茶どころがあり、椅子があったので座って少し休憩しました。ちょうど正午ごろです。朝10時半ころに大和小泉の駅を出て、法起寺、法輪寺と巡って、ここまで約1時間半ほどでした。ここからJR法隆寺駅まで歩いて、この日の歩数のトータル約2万歩ほどでした。

法隆寺西院伽藍境内から、中門(国宝)を入ると、向かって右に金堂(国宝)、左に五重塔(国宝)があり、これらを回廊(国宝)が囲んでいます。回廊の途中に鐘楼(国宝)、経蔵(国宝)があります。みなおよそ1400年の歴史を持つ建造物です。

これらの建物は、創建後の64年目の670年に火災にかかり一夜にして焼失したと伝えられていて、その後再建されたという説が有力でしたが、平成13年に奈良国立文化財研究所が法隆寺五重塔の心柱の伐採年は「年輪年代測定法」により『594年と判明した』と発表しました。これは670年に焼失し、その後、7世紀末から8世紀初めに再建されたという定説と100年前後のズレが生じるため「法隆寺再建論」に一石を投じることになったそうです。

法隆寺西院伽藍の金堂,塔,中門,回廊が7世紀初めの推古朝創建の建造物であるか,あるいは一度焼亡して再建されたものであるのか、そもそも聖徳太子と呼ばれる人物が存在したのかどうかなども謎とされています。

斑鳩に埋もれている古い歴史を紐解くには、相応の時間が必要なのかも知れません。
(奈良シリーズは、これでひとまず終了です)

20160815法隆寺

20160815法隆寺

20160815法隆寺

20160815法隆寺

20160815法隆寺

20160815法隆寺

20160815法隆寺

20160815法隆寺

20160815斑鳩法隆寺



テーマ : 京都・奈良
ジャンル : 旅行

冬の京都 天龍寺の雪景色(薄日の射してきた曹源池庭園)

2013年1月28日に、京都嵐山にある天龍寺に、雪景色を撮影に行きました。
雪の降りしきる静かな百花苑で、椿や蝋梅を撮影してからまた曹源池庭園に戻ると薄日が射してきました。ほんの小一時間前に通った景色とはまた様変わりしていました。
時々来ているこの場所も季節や天候が変わるとがらっと雰囲気が変わります。何度来ても飽きることがないですね。

天龍寺の公式HPによると、
「造営に際して尊氏や光厳上皇が荘園を寄進したが、なお造営費用には足りず、直義は夢窓と相談の上、元冦以来途絶えていた元との貿易を再開することとし、その利益を造営費用に充てることを計画した。これが「天龍寺船」の始まり。
...
文安の火災と応仁の乱による被害は大きく、天正13年(1585)に豊臣秀吉の寄進を受けるまで復興できなかった。その後秀吉の朱印を受けて順調に復興するが、文化年間に被災、
この再建途中の元治元年、蛤御門の変に際して長州軍の陣営となり、兵火のために再び伽藍は焼失した。」
と書かれています。

歴史を感じます。

陽が射してくると、木に積もっていた雪が溶け出してきました
20130128天龍寺

20130128天龍寺

20130128天龍寺

20130128天龍寺

20130128天龍寺

冬の京都 天龍寺の雪景色(百花苑)

2013年1月28日に、京都嵐山にある天龍寺に、雪景色を撮影に行きました。
百花苑には椿と蝋梅が咲いていました。雪景色の中に朱色と黄色の花がきれいに映えていました。この百花苑から北門を出ると嵯峨野の竹林の道に出ます。混雑する渡月橋からだんだん古都の雰囲気に浸れる散歩コースです。


天龍寺の公式HPによると、
「百花苑(ひゃっかえん)は、多宝殿から北門への苑路で、北門開設と同時に昭和58年整備された庭園。
自然の傾斜に沿って苑路が造られており、北門を抜けると嵯峨野の観光名所である竹林の道、大河内山荘や常寂光寺、落柿舎などへ通じる。」
と書かれています。

多宝殿です
20130128天龍寺

書院に向かう渡り廊下です。大方丈に入れるときはここも通って書院に行けます。
20130128天龍寺

椿に雪が積もっていました
20130128天龍寺

蝋梅です
20130128天龍寺

20130128天龍寺

20130128天龍寺

朝の静かな百花苑から振り返って見た多宝殿です
20130128天龍寺

20130128天龍寺

静寂な百花苑の散歩道です
20130128天龍寺

20130128天龍寺

冬の京都 天龍寺の雪景色(庭から見える大方丈の風景)

2013年1月28日に、京都嵐山にある天龍寺に、雪景色を撮影に行きました。

大方丈には入れませんでした。本玄関・庫裡 改修工事のため、 平成24年12月10日(月)~平成26年3月末日まで 諸堂(大方丈・書院・多宝殿)の参観はできないそうです。
今年と来年の桜と紅葉の季節は、残念ながら大方丈の開いた障子の間から額縁に飾られているように見える曹源池庭園は観れません。
庭から開け放たれた障子越しに達磨図や雲龍図が見れました。この達磨図は衣笠にある等持院にもあります。等持院は室町幕府初代将軍、足利尊氏が二条高倉の等持寺の別院として、夢窓疎石を開基に迎えて建立されたそうです。夢窓疎石のつながりですね。

臨済・黄檗 禅の公式サイトのHPによると、
「天龍寺の開基は足利尊氏である。暦応2年(1339)8月、後醍醐天皇が崩御したが、その菩提を弔うため、夢窓疎石が足利尊氏に進言し、光厳上皇の院宣を受けて開創されることになった。
疎石は夢の中で中国の疎山・石頭を訪れ、そこでであった僧から達磨大師の像を預かり、「これを大切にするように」と言われる。目覚めた疎石は自分が禅宗に縁があると考え疎山・石頭から一文字ずつとって疎石と名乗り、夢の縁から夢窓と号したという」
と書かれています。

20130128天龍寺

障子を通して見ると額縁のようです
20130128天龍寺

達磨図です
20130128天龍寺

20130128天龍寺

障子を通して見ると額縁のようです
20130128天龍寺

冬の京都 天龍寺の雪景色(曹源池庭園)

2013年1月28日に、京都嵐山にある天龍寺に、雪景色を撮影に行きました。
この時間はまだ雪がちらついていて、拝観の人もまばらで世界遺産の庭をひとりじめ出来ているような気になりました。
曹源池を撮影していると、すれ違った僧侶の方から「良い写真が撮れましたか?」と声をかけられました。何かほっとした気分になりました。

夢窓疎石によるこの庭園(曹源池)は、国の史跡・特別名勝第一号に指定されているそうです。西芳寺(苔寺)も疎石の設計だそうです。
天龍寺の公式HPには、1339年に後醍醐天皇の菩提を弔うために足利尊氏を開基とし、夢窓疎石を開山として開かれたと記されていますが、嵐山を借景とした庭が現代でもそのままの姿を残していることに驚かされます。

20130128天龍寺

20130128天龍寺

20130128天龍寺

20130128天龍寺
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少し自分の時間ができて、永年の念願だった京都の四季の撮影を始めました。(旅行、観光の参考になれば幸いです) I began the photography of the four seasons of Kyoto that was the heart's desire more before.

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