京都の桜 西山大原野 勝持寺(境内)

2017年4月12日に洛西ニュータウン近くの大原野に位置する、十輪寺、勝持寺の桜景色を撮影に行きました。

勝持寺HPには、「白鳳8年(西暦679年)天武天皇の勅によって神変大菩薩役の行者が創建したのが始まりで、承和5年(西暦838年)仁明天皇の勅によって塔頭49院を建立されましたが、応仁の兵火に遭い、仁王門を除きすべて焼失しました。現在の建物は乱後に再建されたものであります。」と書かれています。市内(洛中)から遠く離れたこの地域でも「応仁の乱」の戦火が及んでいたことは驚きです。

この日、満開でした。昨年は入らなかった境内の「茶室」のある場所に階段を上って行くと、桜の花が目の前に近づいた感じになって、大きな樹木に可憐な花が寄り添うように咲いているのも見ることができました。

最寄駅の阪急京都線東向日駅、桂駅またはJR東海道線向日町駅から、少し遠いこともあってか、人出は少なめなので、古都の桜を味わうのには絶好の場所です。

20170412勝持寺

20170412勝持寺

20170412勝持寺

20170412勝持寺

20170412勝持寺

20170412勝持寺

20170412勝持寺

20170412勝持寺

20170412勝持寺

20170412勝持寺

テーマ : 京都・奈良
ジャンル : 旅行

京都の桜 西山大原野 勝持寺(西行桜)

もうGWも過ぎましたが、まだまだしばらく、桜シリーズを続けます。2017年4月12日に洛西ニュータウン近くの大原野に位置する、十輪寺、勝持寺の桜景色を撮影に行きました。

勝持寺は、“花の寺”とも呼ばれています。昨年初めて桜の季節に拝観しましたが、銘木「西行桜」の撮影を逃してしまったので、今年あらためての訪問でした。境内中ほどの鐘楼の傍らに、この寺で出家した西行法師が植えたといわれる「西行桜」があります。

勝持寺HPには、西行法師について、「鳥羽上皇に仕えていた北面の士 佐藤藤兵衛義清が、保延6年(西暦1140年)当寺に於て出家し西行と名を改めて庵を結び、一株の桜を植えて吟愛しておりました。世人はその桜を西行桜と称し、寺を花の寺と呼ぶようになりました。」と書かれています。

謡曲史跡保存会の説明書きが「西行桜」の前に建てられていて、「謡曲西行桜は、この隠棲している西行法師と庵室の庭に咲いている桜をからませて、春宵の閑寂な情緒をえがいたもので、当寺が舞台になっている」と書かれていました。

ネットで調べてみると、「西行が桜見物に集まる人をうとましく思って詠んだ和歌について、その夜の夢に現れた「桜の精」が桜には咎はない、と言い、名所の桜を讃えて舞を舞う」という内容の話でした。(花見んと群れつつ人の来るのみぞあたら桜の咎(とが)にはありける〉

20170412勝持寺

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20170412勝持寺

20170412勝持寺

20170412勝持寺

20170412勝持寺

20170412勝持寺

20170412勝持寺

20170412勝持寺

テーマ : 京都・奈良
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京都の桜 大原野十輪寺

4月12日に、京都西山大原野にある十輪寺、勝持寺に行ってみました。

桓武天皇が遷都した長岡京に近い「大原野」地域の最寄り駅は阪急桂駅、東向日駅になります。平安時代は、公家や貴族の 狩猟の地であった大原野には、善峯寺、勝持寺、大原野神社など多くの歴史に綴られる寺社仏閣があります。

十輪寺は、あじさいで知られている善峯寺に向かう途中の道沿いにあり、平安時代初期に創建された天台宗のお寺です。応仁の乱で一時は荒廃しましたが、江戸時代に藤原氏の公家・花山院家(かさのいんけ)により再興されたそうです。

今まで、何度も善峯寺の拝観をしていましたが、十輪寺には初めてでした。「なりひら桜」と呼ばれる大きな桜が満開でした。在原業平が 晩年過ごした地と伝わっています。特徴のある屋根と、桜風景の写真をよく見かけていたので、一度は、と思っていました。静かな雰囲気の中、大きな一本の桜が印象的なお寺でした。

20170412十輪寺

20170412十輪寺

20170412十輪寺

20170412十輪寺

20170412十輪寺

20170412十輪寺

20170412十輪寺

20170412十輪寺

20170412十輪寺

20170412十輪寺


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紅葉の京都 洛西勝持寺(境内その2)

今年の11月23日勤労感謝の日、京都の紅葉は「錦秋」でした。午後に時間がとれたので、嵯峨野や東山に比べて、比較的のんびり紅葉狩りができそうな洛西地域の「大原野神社」と「勝持寺」に出かけてみました。

勝持寺は、“花の寺”とも呼ばれ、鐘楼の傍らに1140年(保延6)この寺で出家した西行法師が植たといわれる銘木「西行桜」があります。桜の時期には、境内いっぱいに桜が咲いていましたが、紅葉のこの日は、境内いっぱいに秋色が広がっていました。小高い山の中腹にあるので、京都市の南の地域をはるか彼方に見ることもできます。

西国薬師四十九霊場(薬師瑠璃光如来をまつる大阪、兵庫、京都、滋賀、奈良、和歌山、三重の七府県四十九ヶ寺の西国薬師霊場)の一つで、四十九ヶ寺の中には、木津川市の浄瑠璃寺、伏見の醍醐寺、東山泉涌寺塔頭の雲龍院 高雄の神護寺、大原の三千院、比叡山の延暦寺 などもあります。

近くに大原野神社、金蔵寺、善峯寺、十輪寺などがあるので、秋の一日を過ごすのにちょうどよいと思いますが、それぞれが、徒歩ではなかなか行きにくい場所に点在しているので、車が便利です。

20161123勝持寺

20161123勝持寺

20161123勝持寺

20161123勝持寺

20161123勝持寺

20161123勝持寺

20161123勝持寺

20161123勝持寺


20161123勝持寺

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紅葉の京都 洛西勝持寺(境内)

勝持寺HPには、「白鳳8年(西暦679年)天武天皇の勅によって神変大菩薩役の行者が創建したのが始まりで、....」と書かれています。

近くの長岡京が延暦3年(784年)に平城京(奈良)から遷都され、その後延暦13年(794年)に平安京(京都)に遷都されている時代よりも、さらにその前の創建です、遣唐使の時代です。

「神変大菩薩役の行者」について、少し調べてみました、祇園祭の「役行者山」のサイトで、「役行者山は応仁の乱以前からの舁山で御神体は修験道の開祖役小角(えんのおずぬ)、尊称神変大菩薩役行者(しんぺんだいぼさつえんのぎょうじゃ)と一言主神(ひとことぬしのかみ)と葛城神(かつらぎのかみ)の三神で、役行者が一言主神を使って葛城山と大峰山の間に橋を架けさせたという伝承を想起させる。」と書かれていました。

Wikipediaには「役小角は、飛鳥時代から奈良時代の呪術者で、 修験道の開祖とされている。 実在の人物だが、伝えられる人物像は後世の伝説によるところが大きい。天河大弁財天社や大峯山龍泉寺など多くの修験道の霊場に、役行者を開祖としていたり、修行の地としたという伝承がある。」と書かれています。

大原野神社に到着したころは曇り模様の天気でしたが、勝持寺に着いて、境内を散策している頃から陽が射し始めてきました。

20161123勝持寺

20161123勝持寺

20161123勝持寺

20161123勝持寺

20161123勝持寺

20161123勝持寺

20161123勝持寺

20161123勝持寺

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少し自分の時間ができて、永年の念願だった京都の四季の撮影を始めました。(旅行、観光の参考になれば幸いです) I began the photography of the four seasons of Kyoto that was the heart's desire more before.

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